第1章:vibe codingへの招待
vibe codingとは何か
2024年末、Andrej Karpathy(元Tesla AI責任者、OpenAI創設メンバー)が「vibe coding」という言葉をツイートしました。
"There's a new kind of coding I call 'vibe coding', where you fully give in to the vibes, embrace exponentials, and forget that the code even exists."
「コードの存在を忘れ、バイブス(雰囲気、ノリ)に身を任せる新しいコーディング」—— この言葉は瞬く間に開発者コミュニティに広がりました。
vibe codingとは、AIとの対話を通じてソフトウェアを開発する新しいアプローチです。従来の「すべて自分で書く」開発から、「AIと協働して作る」開発へ。このパラダイムシフトは、プログラミングの民主化を加速させています。
しかし、「バイブスに身を任せる」という表現は誤解を招きやすいものでもあります。
vibe codingは「適当にやる」ことではありません。
むしろ、AIの能力を最大限に引き出すためには、正しい知識と実践的なワークフローが必要です。本書は、その知識とワークフローを体系的に学ぶための教科書です。
なぜ今、vibe codingなのか
AIコーディングツールの進化
2023年から2025年にかけて、AIコーディングツールは驚異的な進化を遂げました。
- GitHub Copilot / Copilot Chat: コード補完からペアプログラミング、チャットベースの実装支援へ
- Cursor: AI-firstなエディタの登場。Ctrl+Kでのインライン編集、コンポーザーモードでの複数ファイル編集
- Claude Code: 自律的にコードベース全体を理解し、実装するエージェント
- Google Gemini Code Assist: Googleの強力な言語モデルを活用したコーディング支援(旧Duet AI)
- ChatGPT / GPT Code Interpreter: 対話型でコード生成・デバッグ・データ分析を実行
- Windsurf (旧Codeium): コンテキスト認識に優れたAIコーディング支援
これらのツールはそれぞれ異なるアプローチを取っています。Cursorはエディタ統合型、ChatGPTは対話重視、Claude Codeは自律エージェント型です。本書ではClaude Codeに焦点を当てますが、ここで学ぶ「AIとの協働の原則」は他のツールにも応用可能です。
特にClaude Codeは、単なるコード補完ツールではありません。ターミナルから起動し、プロジェクト全体を理解し、ファイルの作成・編集・削除、コマンドの実行、Gitの操作まで、開発に必要なあらゆる作業を自律的に行えます。
これはもはや「ツール」というより、「AIペアプログラマー」と呼ぶべき存在です。
AIツール間の標準化:ポータブルな開発体験
2025年現在、異なるAIコーディングツールが、同じ設定ファイル形式を採用し始めています。
たとえば、Claude CodeのCLAUDE.mdという設定ファイル形式は、GoogleのGEMINI.md、そしてGitHub CopilotのAGENTS.mdと本質的に同じコンセプトです。さらにGitHub Copilotは、CLAUDE.mdとGEMINI.mdの両方を直接サポートしています(GitHub Changelog, 2025)。
この標準化の流れは、開発者にとって大きなメリットをもたらします:
- ツールの選択肢: 1つのツールに縛られることなく、状況に応じて最適なAIを選べる
- 資産の再利用: プロジェクト指示や設計ドキュメントを、複数のツールで共有できる
- 移行コストの削減: 別のツールに乗り換えても、設定をゼロから書き直す必要がない
本書ではClaude Codeを軸に解説しますが、ここで学ぶ「プロジェクト指示の書き方」「AIとの協働の原則」は、他のツールにも応用できる普遍的なスキルです。
開発のボトルネックの変化
従来の開発では、コードを書く速度がボトルネックでした。タイピング速度、言語やフレームワークへの習熟度、アルゴリズムの知識——これらがエンジニアの生産性を左右していました。
vibe codingの時代では、ボトルネックが変わります。
AIに正しく意図を伝え、正しい方向に導く能力——これが新しいボトルネックです。
どれだけ優秀なAIでも、曖昧な指示からは曖昧な結果しか生まれません。逆に、適切な文脈と明確な指示を与えれば、AIは驚くほど高品質なコードを生成します。
本書は、この「AIを正しく導く能力」を身につけるためのガイドです。
本書の対象読者
本書は、大きく2つの読者層を想定しています。
読者A:プログラミング初心者・個人開発者
- プログラミングを始めたばかり、または経験が浅い
- 自分のアイデアをアプリとして形にしたい
- チームでの開発経験がない、または少ない
- 「AIを使えば自分でもアプリが作れるかも」と期待している
あなたへのメッセージ:
その期待は正しいです。vibe codingは、プログラミングの敷居を大きく下げました。かつては数年の学習が必要だった開発スキルの一部を、AIが肩代わりしてくれます。
ただし、「AIに丸投げすれば何でもできる」わけではありません。本書で学ぶワークフローは、AIの力を最大限に引き出しながら、あなた自身も成長していくためのものです。
読者B:経験者・チーム開発者
- ある程度の開発経験(1年以上)がある
- すでにチームでの開発を経験している
- 従来の開発手法にAIを統合したい
- コードの品質、保守性、スケーラビリティを重視している
あなたへのメッセージ:
AIコーディングツールを使い始めると、「便利だけど、コードの質が心配」「チームでどう使えばいいか分からない」という壁にぶつかることがあります。
本書では、Anthropic公式のベストプラクティス、SKILLSシステム、Hooks機能など、プロダクション品質のコードを維持しながらAIを活用する方法を詳しく解説します。
本書の構成と読み方
全体構成
| 章 | タイトル | 内容 |
|---|---|---|
| 第1章 | vibe codingへの招待 | 本章。概要と読み方ガイド |
| 第2章 | 基本ワークフロー | Explore → Plan → Code → Commit |
| 第3章 | CLAUDE.mdとドキュメント設計 | プロジェクトの「取扱説明書」を作る |
| 第4章 | SKILLSで専門知識を与える | AIに専門知識を教え込む仕組み |
| 第5章 | 保守性・スケーラビリティ | Hooks、並列開発、品質の自動担保 |
| 第6章 | 実践記 | 筆者の移行体験と学び |
初心者向けの読み方
最初に読むべき章:第1章 → 第2章 → 第3章
まずはこの3章だけで十分です。基本ワークフロー(第2章)とCLAUDE.mdの設定(第3章)を理解すれば、vibe codingを始められます。
シンプルに始めるのがコツです。最初から完璧なワークフローを構築しようとせず、小さなプロジェクトで経験を積みましょう。
第4章(SKILLS)と第5章(保守性)は、開発に慣れてきてから読んでも遅くありません。「もっと効率化したい」「同じ説明を繰り返すのが面倒」と感じたときが、読むタイミングです。
経験者向けの読み方
全章を順番に読むことをお勧めします。
特に第4章(SKILLS)と第5章(Hooks、並列開発)は、チーム開発での活用に直結します。また、第6章の実践記では、筆者がドキュメント駆動開発からSKILLSシステムへ移行した過程を具体的に描いています。自身のワークフロー改善のヒントになるはずです。
vibe codingの心構え
本書の内容に入る前に、vibe codingに取り組む上での心構えをお伝えします。
1. AIは「優秀だけど新人のエンジニア」
Claude Codeは驚くほど賢いですが、万能ではありません。
優秀な新人エンジニアを想像してください。技術力は高いが、あなたのプロジェクトの文脈は知らない。指示が曖昧だと、想定と違う方向に進んでしまう。でも、適切な情報と明確な指示を与えれば、素晴らしいアウトプットを出してくれる。
Claude Codeとの関係も、これと同じです。
2. 計画が8割、実装が2割
vibe codingの成功は、コードを書く前に決まります。
「とりあえず作って」と丸投げするのではなく、何を作るのか、どう作るのか、十分に計画を立ててからClaudeに実装を任せる。この「計画8割」の姿勢が、手戻りを最小化し、品質を高めます。
3. 学びを記録する
Claudeはセッション間で記憶を持ちません。昨日のセッションで「この書き方はダメ」と教えたことを、今日のセッションでは忘れています。
だからこそ、学びを記録する習慣が重要です。Claudeがミスしたこと、あなたが指摘したこと、正しい方法——これらをドキュメントに残すことで、次のセッションに学びを引き継げます。
本書では、この「学習の蓄積」を可能にする仕組みを詳しく解説します。
4. 完璧を求めない
特に初心者の方へ。
最初から完璧なコードを目指す必要はありません。vibe codingの強みは、素早くイテレーションできることです。まず動くものを作り、改善していく。このサイクルを回すことで、コードもあなた自身も成長していきます。
さあ、始めよう
準備はできましたか?
次の章から、具体的なワークフローを学んでいきます。第2章では、Anthropicが公式に推奨する「Explore → Plan → Code → Commit」という4段階ワークフローを詳しく解説します。
このワークフローを身につければ、あなたはClaude Codeを「単なるツール」ではなく「信頼できる開発パートナー」として扱えるようになるでしょう。
では、vibe codingの世界へ!
クイックリファレンス
最重要コマンド
| コマンド | 説明 |
|---|---|
Shift+Tab ×2 |
Plan Modeの切り替え |
/clear |
コンテキストのリセット |
Escape |
実行中のタスクを中断 |
think / think hard / ultrathink |
Extended Thinkingの発動 |
Extended Thinking(拡張思考)の使い方
プロンプト内にキーワードを含めるだけで、Claudeがより深く考えてから回答するようになります。
# 例1: 基本レベル(4,000トークン)
このバグの原因をthinkして調べて
# 例2: 中間レベル(10,000トークン)
このアーキテクチャの問題点をthink hardで分析して
# 例3: 最大レベル(31,999トークン)
ultrathinkでこの設計の最適解を考えて
| レベル | トリガーキーワード | トークン予算 |
|---|---|---|
| 基本 | think |
4,000 |
| 中間 | think hard, think deeply, think more, megathink |
10,000 |
| 最大 | ultrathink, think harder, think really hard, think very hard |
31,999 |
注意点:
- Claude Code CLIでのみ有効。Web版Claude.aiやAPIでは動作しない
- Extended Thinkingが発動すると内部で長く考えるため、レスポンスが遅くなる
- シンプルなタスクには不要。複雑な問題を解く場面で効果的
- トークン消費が増えるため、コストを意識して使い分ける
使い分けの目安:
- クイックな修正 → キーワードなし
- 通常のリファクタリング →
think - 設計判断・アーキテクチャ →
ultrathink+ Plan Mode - ループにハマった時 →
ultrathink
他ツールでの対応状況(2025年1月時点)
| ツール | 対応状況 | キーワード/方法 |
|---|---|---|
| Claude Code | ✅ 対応 | think, think hard, ultrathink等 |
| GPT-5 | ✅ 対応 | think hard about thisで推論モード発動 |
| GPT-4.1 | ⚠️ 代替手段 | think step by stepでChain-of-Thought誘発(Extended Thinkingとは異なる) |
| Gemini CLI | ❌ 未実装 | 機能リクエスト中 |
| Web版Claude.ai | ❌ 無効 | キーワードは認識されない |
⚠️ 注意: AIツールの仕様は頻繁に更新されます。上記は2025年1月時点の調査結果です。最新情報は各ツールの公式ドキュメントをご確認ください。
参考: The ultrathink mystery, How to make Claude Code think harder, Introducing GPT-5 | OpenAI, GPT-4.1 Prompting Guide
推奨ディレクトリ構成
project/
├── CLAUDE.md # 必須
├── .claude/
│ ├── settings.json # Hooks設定
│ ├── commands/ # カスタムコマンド
│ ├── skills/ # プロジェクト固有スキル
│ └── rules/ # 条件付きルール
├── docs/
│ ├── ARCHITECTURE.md # 設計
│ ├── SECURITY.md # セキュリティ
│ ├── PROGRESS.md # 進捗
│ ├── LESSONS.md # 学習ログ(重要)
│ └── plans/ # 計画ファイル
└── src/
ワークフローチートシート
1. Explore → プロジェクトを理解させる(まだコードを書かせない)
2. Plan → 計画を立てさせる(Markdownで記録)
3. Code → 小さいステップで実装させる
4. Commit → 1 Todo = 1 Commit で確定 + LESSONS.mdに学び記録
参考リソース
公式ドキュメント
- Claude Code: Best practices for agentic coding
- Claude Code Documentation
- Anthropic Skills Repository
